「ポーカー無宿の世界旅」- 幸 晋平さんへのインタビュー

世界中を旅しながらポーカーで稼ぐことを生業とする。そんな現代のロードギャンブラーを日本人として実践なさっているのが幸 晋平さんです。その幸さんに、当サイトの Celine Villeneuve がインタビューしました。

ポーカーに真剣に打ち込んだ人なら誰でも一度はロードギャンブラーの生活、すなわち世界各地のカジノを旅して回りながらそこでポーカーで稼いで生活していく、そんな生き方に憧れたことがあるのではないでしょうか?でも実際にそれをやるというのには、ポーカーの実力だけでなく多大なる勇気と自己規律が必要で、そう簡単に出来ることではありません。そのロードギャンブラーとしての道を歩みだした日本人のひとりが幸 晋平さんです。彼はいったいどうして海外ポーカー旅行の生活を思い立ち、どのように実践しているのでしょうか?


PokerStrategy.com: ポーカーを始めたのはいつ頃からですか?

幸: 初めてポーカー(NLH)をプレイしたのは 2012 年の 9 月頃ですね。以前から期待値プラスのゲームは好きだったのですが、カジノゲームを調べていて新たに興味を持ったのが NLH でした。会社勤めをしていたときに、同業他社の麻雀仲間にポーカー好きの人がいて、彼にお願いして教わりました。

新宿三丁目のカラオケボックス『歌広場』が初プレイの場所。その麻雀仲間は会社のロッカーにチップケースを常備しているようなポーカー狂で(笑)。カラオケボックスに入ったのに一曲も歌わずにテレビの電源を落としてカチャチャカチャとプレーしてました。たまにドリンクを運んでくる店員さんに怪訝な顔をされたりも。その日はトリップスでフルハウスに突っ込んでしまい大敗でした。

その後はすぐにポーカー関連の書籍を買い漁って、PokerStarsのアカウントを開いてと、お決まりのコースですね。すぐにハマってしまい、二ヵ月後にはラスベガスに 100 万円持って一週間ほど旅行に行ってました。

PokerStrategy.com: どのようにしてポーカーをしながらの世界旅行を始めようと思いたったのですか?

幸: 4 年半ほど都内の出版社で編集の仕事をしていました。漫画雑誌の編集を 3 年と写真週刊誌の編集を 1 年ほど。漫画家さんとネームの打ち合わせをしたり、女子アナの自宅前で張り込みをしたりと、刺激的な毎日だったのですが、なんと言うか歯がゆい仕事で。土俵の外側から内側を覗いているような立ち位置なんですよね。土俵の縁まではいけるんですが。どうせ人生一回きりなら、土俵の内側でプレイヤーとして生きてみたいなって思って。トイレの個室でサササーって辞表を書いて提出して会社を辞めました。

ポーカーを選んだのには色々と理由があるのですが、単純に楽しかったのが一番。あとは多分勝てるだろうという根拠のない自信ですね(笑)。それに、死ぬまでに世界一周はするつもりでしたし、語学などにも興味がある。自分がこれからの人生でやりたいことを整理していったら、脱サラしても人生トータルでこっちの方が QOL(編注:Quality of life、生活の質) が高いだろうと確信できたんです。単純に「オッズが合った」って感覚ですね。

PokerStrategy.com: 出発前に「世界旅のマイルール」と「ポーカールール」を決めておられますね。その中のひとつに「3 年以内に芽が出なければポーカーをやめる」というののがありますが、なぜ3 年間だけなのですか?

幸: 僕が好きな投資家にcisさんって方がいらっしゃるんですが、その方の言葉に影響を受けました。

「1. 楽しいと思えることをやる

2. 考えながら体験してみる

3. ネットや本などでたくさん勉強する

4. 勉強や実戦を繰り返して良いと思われることを積極的にフィードバックしていく

5. 三年一生懸命やって結果が出なかったら諦めてほかのことをやるか趣味とどめる」

陸上の為末大さんがよく Twitter でつぶやかれてますが、僕も夢には諦め時があると思います。その見切りどころを三年と設定するのはとても合理的だと思ったのです。下手の横好きで食っていけたらいいですが、両親の老後や自分の将来を鑑みたら、継続だけが賢い選択になるとは思えません。全く芽が出なければポーカーはきっぱり辞めて別の道を模索する予定です。3 年 1 スパンで考えたら、あと 2、3 個は他の夢にもチャレンジできそうですしね(笑)

 

PokerStrategy.com: 自分で決めたルールを自分で守っていくことに難しさを感じることはありますか?

幸:
いくつかルールがあるのですが、キャッシュゲームの「テーブルに持ち込めるお金は残高の 3 %以下まで」というルールを守るのが辛かったことがありました。

昨年の12月末に、マニラの SOLAIRE というカジノで、VPIP100、PFR100 の超クレイジーな人を囲んで 500/1000 ペソのテーブルが立ったのです。他のメンツを見てもかなりぬるい。僕はルーム規定のミニマムバイイン額 50BB の 50,000 ペソで席に着こうとしたのですが、なんとルームのオーナーはミニマムは 300,000ペソ(300BB)からしか認めないと突っぱねてきたたのです。そのオーナーは恣意的なルーム運営をするため評判が悪い人でした。

座ればおそらく勝てるだろうけど、300,000 ペソは日本円で 70 万円ほどです。当時の僕のバンクロールが 400 万円くらいだったので、実に 17.5% もの割合になってしまいます。ここで一回座って運良く勝ったとしても果たして意味があるのか?それどころか、今度同じ状況に遭ったときに自分を抑えられなくなって、長い目で見たら破産リスクが高まるんじゃないか?イレギュラーを認めていい局面もあるかもしれませんが、結局僕は座りませんでした。今でもその判断は正しかったと思っています。

PokerStrategy.com: この旅生活での目標のようなものはあるのですか?それらの目標のうち達成できたものはありますか?

幸: 実は目標らしい目標は予め定めていなくて、上達に必要そうなことはとりあえずガムシャラにやった上で、一年経過したときに目標を固めようと考えています。

狙いが上手くいったかな、と思ったのはブログ運営でした。ブログ開設の大きな目標に「実力はさておき、まずは日本のポーカー界で有名になること」というものがありました。というのも、ブログというフックを使って、手早く上質なポーカーコミュニティに入りたかったからです。先日のポーカーストラテジーの記事「ポーカー仲間はあなたのポーカーでの成功に多大なる影響を持つ」には全くの同意です。ブログをきっかけに著名なプロや上級者の方達と交流が持てる環境が生まれ、現在では気軽に意見を交換できる環境を構築できたのは一つの成功だと言えると思います。僕の出身が三重県ということもあり、東海地方のポーカープロには特にお世話になっています。

PokerStrategy.com: 旅の生活で経験したことで、幸さんが一番大好きな経験は何ですか?

幸: マカオで台湾人の David と知り合えたことです。Daivid とはマカオの City Of Dreams のポーカールームで出会いました。とても気さくなおじさんで、バカラの絞りすぎで両手の親指が変形したというほどの生粋の博打好き(笑)。David は仲良くなった僕が宿に困っているという事情を知り、部屋を提供を申し出てくれました。出国前に「明日は雨降り、人は盗っ人と思え」なんてアドバイスを祖母からもらっている手前、相当警戒していたのですが、彼は拍子抜けするくらい純粋にいい人でした。結果「One Grantai」という 3LDK の高級マンションに格安で一人で滞在することができました。彼はオフィス機器メーカーの社長だったのです。

マカオの次にマニラに移動する予定だったのでその旨を David に伝えると、驚いた事に彼のフィリピン支社がマニラにあって、息子の Luke が経営しているというのです。そして、マニラに来るならうちに泊まっていいよとのこと。次に主戦場にしようと思っていた Resorts World Manila の近くだったこともあり、マニラでも David 一家にお世話になってしまいました。

今年の 2 月に今度はポーカープロの木原さんについて一緒にコマースにいったのですが、そこにも Daivid のアメリカ支社があり、そこでも会食をご一緒させてもらいました。

Daivid は博打が好きなので、カジノのそばに支社を作りまくっていたのです。ポーカーバックパッカーにとってはこれ以上無いお友達です。

David 一家とはそれからも交流が続いています。今年の 8 月 1 日に Luke がマニラにミルクティーカフェを開くというので、時期を見て遊びに行こうと思っています。
 

PokerStrategy.com: では、その一方で最悪の経験というものがあったら聞かせていただけますか?

幸: マニラで強盗に遭ったことでしょうか。Resorts World Manila 近くのスーパーのまわりを散策していたんですが、急に 2 人組の男に後ろから腕を回され、いきなり三発も殴られて iPhone を獲られてしまったのです。1 人は iPhone を持ったまま逃げていきました。僕は始め「help!」と叫び彼を追いかけていたのですが、あまり英語が得意じゃないのでなかなか事情を説明できずにいました。

そのとき思い出したのですが、「スティーリング ザ ポット(ポットを盗む)」のことを仲良くなったフィリピン人の友達が「タガログ語で〝盗み〟は〝nakaw〟っていうんだよ」と教えてくれたことがあったのです。

そうだ、「nakaw」だと気づいた僕は「siya nakaw」(siyaは「彼」という意味)と繰り返し叫びました。そのお陰か、停まっていたバイクタクシーのおっちゃんが泥棒を捕まえてくれたのです。危ない目に遭いましたが、ポーカールームで知り合った友達のお陰で事なきを得ました。彼にはお礼としてサンミゲールビールをご馳走しました。

PokerStrategy.com: 自分で一人旅という以外に、他のプレイヤーと旅行する事はありますか?

幸: 基本的には一人旅ですが、「この人に教わりたい!」と思う人ができると、旅程を変更してついていくことにしています。2 月には木原さんについてコマースに行ってみました。また、4月からの約三ヵ月は名古屋のポーカープロの牟田さんに教わるためにアメリカに滞在していました。

PokerStrategy.com: 世界を旅する中で、ポーカー界の有名人に会ったことはありましたか?

幸: 全くミーハーじゃないので、超有名な方以外はあまりプロの名前も知りません。同卓しても気づかなかったかも。僕はトーナメントプレイヤーよりも、表の世界に出てこないキャッシュゲームのプロの方に憧れを持っています。将棋でいう小池重明さんのような立ち位置でしょうか。

PokerStrategy.com: マカオやラスベガスやマニラといった場所でプレイなさってきたわけですが、次のステップとしてどこを旅先へと考えておられますか?

幸: 始めはマカオ、マニラ、セブ、カンボジア、シンガポール、オーストラリアなんていうルートを考えていましたが、最近はどこか一カ所に拠点を構えて一年くらいの期間でポーカーをプレイしていみたいなと思っています。「無宿」でも「世界旅」でもなくなってしまいますけどね(笑)

ブログでは「発狂収支報告」と題して資産を公開しているのですが、ここに書けなくなるくらいの金額を稼ぐことが目標です。

PokerStrategy.com: では最後のお聞きしたいのですが、当サイトの読者の皆さんにポーカーをプレイするための目的地として、どこかおすすめの場所はありますか?

幸: アメリカでは、今年5月に訪れたFoxwoodsのルーム状況がとても良かったです。森の真ん中にカジノが立っているだけで他に娯楽は何もありませんが(笑)。あとCommerceもプレイしやすい環境ですね。地方のポーカールームにはルームとして共通のリークがあるような気がします。プリフロがルーズすぎたり、ストラドルがみんな好きだったり。ルームの癖を把握して対策するとより効果が高いなと実感しました。

東南アジアはレベル自体は高くありませんが、基本的にレーキが高くレートが低いので環境は良くないかもしれません。ヨーロッパはレベル自体はそれなりですが、レートが安く生活費が高いのがネックになると聞いています。やはりキャッシュゲームをメイン据えて生活するとなると、マカオかアメリカに限られてしまうのかな、と思っています。楽園はありませんね(笑


幸さんが今、世界中のどこでポーカーをしているかについては、彼のブログ、「残金687.7万円。ポーカー無宿の世界旅。」を通じて追いかけることが出来ます。幸さんのポーカーの旅が永く続くようお祈りしております。グッドラック!

インタビュワー: CelinePSJ

編集: hydrangea

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