【Yohei's】国外に住むってどんな感じよ?【ブログ】

    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      僕は今南スペインに住んでいますが、この前はドイツはベルリンに住んでいました。自分は生まれた国が
      アメリカで、5歳までそこにいたので既に人生の約1/3は
      外国にいることになります(ヨーロッパは大体5年目に突入)。自分で書いててびっくりしましたが…(汗

      この掲示板を見ている皆さんの多くは日本にお住まいだと思いますが、外国に住んでいるとなかなか
      日本では見られない、変なことやこんなこと、考えもしなかったことに出会ったり、遭遇します。

      僕がヨーロッパで感じたすごい事や変な事、面白い事などいろいろここに書いていこうと思います。
      もちろん、今僕がここジブラルタルで Pokerstrategy.com やポーカー業界で働いているのも、
      日本ではなかなかありえない状況ですごいことなんですが…そういう事も追って書きますね。

      ポーカーとはあまり関係ないですが(自分がポーカーに出会ったのは比較的最近なので)、
      僕がここジブラルタルでポーカーに関わるようになるまでの経緯を書きつつ、面白い話題を
      提供できたらと思います。

      質問意見コメント何でも大歓迎ですので、お待ちしておりまっす!
  • 61 の返信
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      前述したように、僕のヨーロッパライフはベルリンから始まりました。
      なぜベルリンかって、まったくただの偶然なのですが、偶然と縁とは恐ろしいもので、僕は来るべくしてあの地にたどり着いたのだと思います。

      僕はDJです。今でもプレイしていますし、日本ではフェスティバルをオーガナイズしていました。
      ヨーロッパのアーティストを呼び続け、自分も現場を見たくなり、2002年に始めてヨーロッパへ行くことが出来ました。しかしそれは1か月ほどの旅行で、確かそのときはコペンハーゲン(デンマーク)、ギリシャと行き、コペンハーゲンは親しいアーティストがいたので、ギリシャは彼らの出演する大きなフェスがあったのでいきました。

      外国は初めてではなかったので、さほど驚きはしませんでしたが、ヨーロッパのこの狭い中に(比較的)、さまざまな国があり、文化も言葉も全て違うことに驚きました。特に、コペンハーゲンとその対岸、スウェーデンのマルメは電車で30分くらいなのでほぼ隣町感覚なのですが(国境もない)、電車の中の言葉は変わるわ、お金は変わるわ、町並みも少し違って驚きました。今もこのふたつの国はユーロを採用していないので、デンマーク クローナとスウェーデン クローナで、お金は違います。昔のヨーロッパ風の雰囲気です(今時となってはめんどくさいw)。

      国境が無い、と簡単に書きましたが今のヨーロッパ人のグローバル感覚というか、国の分け隔てが無い感覚はここから来ているのか~と感心した覚えがあります。僕らにとって、違う国とは飛行機で行く場所、パスポートを持って入国審査を通らなければいけない場所だったからです。周りを海で囲われている日本人ならではの感覚ですね。まさに"海外" なわけです。(ちなみに英語で"外国"はForeign Countryですが、イギリスでは海があるので特に"Over Sea"と言ったりします。)

      これが僕の初めてのヨーロッパでした。ちなみに、フェスでカメラを盗まれ、手痛い洗礼も受けています(w

      コメント歓迎。

      つづく。
    • Tsubi
      Tsubi
      Black
      登録日: 18.01.2007 ポスト: 592
      first of all, forgive me for not writing in japanese, i grew up in germany and though i can speak/write in japanese, especially typing is quite exhausting for me and right now I'm not in the mood to type in japanese ;)

      I guess this'll be a very interesting thread :s_thumbsup:
      like I said, I grew up in germany since I was 3 and guess I'm more european (or especially german) than japanese :)
      guess it'll be quite interesting to exchange thoughts/experiences, I'll keep checking up this thread and will be commenting on interesting posts! but expect a bias towards the european side from me ;)
      also, sergey invited me rescently to come visit you guys in gib, so maybe in near future I'll drop by ;)

      so long
      Tsubi
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      HI Tsubi!

      Thank you for replying and nice to meet you in cyber world, for sure we will see each other soon in real world as well!

      I am happy to get first reply from you as first JPs BM, I fully understand your situation, don't worry for me it is also bit Mendo kusai(No equivalent word in EN!) feeling for writing, and reading specially if it is not on duty. ;) Don't mind still I love to use EN!
      I can translate for you and members from Japan, to become a bridge between JP-DE! :D

      訳:
      Tsubiさん

      初めまして&返信ありがとう!仮想世界で会えたからもちろん近いうちに現実世界でも会いましょう!

      初めの返信が日本初のブラックメンバーであるTsubiさんからでうれしいです。
      僕もその気持ちわかりますよ、今でも時々英語を書いたり読んだりするのは面倒くさいときがあるし、特にそれが仕事で無ければなおさらです。 でも英語を使うのは好きなので気にしないでください。
      でも僕がここで日本の英語が読めないメンバーのためにも翻訳して、ドイツと日本の架け橋になるので大丈夫!

      以下返信訳です:

      Tsubi による投稿
      first of all, forgive me for not writing in japanese, i grew up in germany and though i can speak/write in japanese, especially typing is quite exhausting for me and right now I'm not in the mood to type in japanese ;)

      I guess this'll be a very interesting thread :s_thumbsup:
      like I said, I grew up in germany since I was 3 and guess I'm more european (or especially german) than japanese :)
      guess it'll be quite interesting to exchange thoughts/experiences, I'll keep checking up this thread and will be commenting on interesting posts! but expect a bias towards the european side from me ;)
      also, sergey invited me rescently to come visit you guys in gib, so maybe in near future I'll drop by ;)
      始めに日本語で返信しないことを許してほしい。僕はドイツで育って日本語は話せるし書けるんだけれども、特にタイピングをするのはとっても大変。後なんか今は日本語をタイプできる気分じゃないんだ。;)

      このスレッドはとっても好スレになると思うよ!
      上にも書いたように、僕は3才からドイツで育って、どっちかって言うともっとヨーロピアン寄り(っていうかドイツ人)なんだよね。:) (注:彼は日本人です)
      こうやって意見や経験を交換し合うのはとっても面白いと思うよ!僕はこのスレをチェックし続けて、何か面白いポストがあったらコメントするよ! でもちょっとヨーロピアン寄りの意見になるのは許してよね;)
      あと、セルゲイが僕の事を君たちに会いにジブラルタルへ招待してくれたから、近い将来に会いましょう ;)
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      さて、コペンハーゲンのとっても変な場所の話をしたいと思います。この場所はヨーロッパではおばちゃんがツアーで観光バスで来るくらい有名な場所ですが、日本ではどのガイドブックにも間違いなく載っていないでしょう。

      その場所の名前は "クリスタニア" と言います。

      クリスタニアはコペンハーゲン中心部の運河沿いに位置し、東京で言うなら芝浦のような場所ですが、町がぜんぜん小さい(人口120万人)ので、見た目もアクセスもぜんぜん違います。普通に中央駅から歩いていけます。ちょっと遠いけど。

      この場所はEUではありません。どうして?って、そう書いてあるからです(w
      もともとは17世紀に建てられた軍の基地、兵舎が使われなくなり放置され、それを何人かのヒッピーが40年ほど前から占拠して住みはじめたのが始まりです。彼らは独自のルールで生活し、この中はEUではなく(という事になっている)、自由都市クリスタニアとして今でも町の中心部に存在し続けています。広さは大体 340000㎡、バチカンより少し小さく、東京の日比谷公園の倍ほどです。今では850人がこの町に住み、この中だけで生活している人もいれば、ここから外に働きに行っている人もいるそうです。既にその歴史は40年近くになり、3世代を数え、ここで生まれ育った人が子供を生む時代になっています。

      この中の代表的な独自のルールとしては、
      *動物を繋がない
      (犬はつながれておらず、漫画のようなキャラの犬たちが徒党を組んで歩いているのが見られますw 別にそんなに怖いことは無いです)

      *自動車は入れない
      (自動車やモーターの類は進入禁止、中ではクリスタニアバイクと呼ばれる前三輪の荷台付き自転車で大きな荷物を運びます。これは後に有名になり今ではヨーロッパ各地で見つけることが出来ます)

      *盗み、暴力、防弾チョッキ、ハードドラッグ、バイカーズスタイル(日本で言うなら暴走族?)は禁止

      *EUやデンマーク法は適用されない(事になっている)ので、今でもどこでも喫煙可能

      などなど…

      もともと社会的弱者や更生しようとしている薬物中毒者、芸術家、同性愛者などを受け入れていたこともあり、今ではとてもリベラルで創造性のある場所となっています。自前のテレビ、ラジオ局を持ち、もちろんバーやカフェもあり、スケートボードのパークも作りましたし、音楽やパフォーマンスのためのコンサートホール、オーガニック野菜のベジタリアンレストランなどもあります。さらに、家をゼロから建てるためのDIYショップもあるらしいです。

      もちろん、ちゃんとした理念もあり運営しているのですが、それなりに問題も内包しているようで何度か政府による立ち退き交渉や、強制立ち退きにあったりはしていますが、今でも存続しています。もはや色々な人の生活もかかっているので、ただ立ち退かせればいいと言うわけでもないようです。

      ちなみに治安が危険かどうかって言うと、別に危険ではないですが、特定のカルチャーの人が多いので人によっては危険に見えるでしょう。ガラが悪いとも言います。 でも、もっと危険でガラの悪い、本当に悪いやつは世界にいっぱいいるので、別にここなんかは全然安全二重丸の部類だと思います。基本、夜はどこでも慣れていないのならば一人で歩くべきではありません。特に女性は。

      甲乙、是非はあるとは思いますが、ここで1つポイントなのはヨーロピアンのフィーリング

      "土地や建物は国や誰かのものではなく、住民、または国民、つまりはみんなのものである"

      と言う感覚。別にここだけではなくベルリンやロンドンなどヨーロッパ各地にスクワット(不法占拠)物件はありますが(後に自分がベルリンで借りていたスタジオもその類です)、こういったスクワッティングカルチャーの本質はここにあると思います。

      ですから、スクワットの日本語訳 "不法占拠"は正しい訳ではないと思います。必ず不法とは限らず、国によっては空き物件に48時間以上在住したことを証明できれば権利が発生する国もありますし、もちろんそれには鍵を壊したりしなけらばならず、その事自体は違法なのですが、それを見つからず規定時間以上在住した証明を出すと公的に居住権が発生したりします。ですから、必ずしも不法とはいえません。日本とは違い、地震も無く、3-400年前から不要になった建物が普通に残っている国なので、こういう形になっているのだと思います。当然国も幾度も変わったり、持ち主も変わったりで最終的に地域コミュニティの持ち物=住民の持ち物と言う考えにいたるのだと思います。北のほうの国は冬の寒さももちろんあると思います。

      自分の私利私欲のために莫大な予算を引っ張り、無駄な建物や道路を飽和するまで死ぬほど作っている日本の政治家の皆さんに是非聞かせてあげたい話です。公園なんかも、本当にみんなに役に立つ、楽しめるようにはどうすればいいのだろうと考えれば、もっと良くなると思うし、またそれは本当の政治の始まりだと思います。今は皆が政治に興味がなくなってしまって、これでいいのだろうかと思ったりする今日この頃でした。


      こんな町のど真ん中にあります。デンマークの首都です。


      クリスタニア入り口の写真。この裏に"あなたは今からEU圏内に立ち入ります"と書いてある。
      つまり、この中はEUじゃないって事。


      内部写真その1 グラフィティフリーでスケートボードのランプがあったりします。


      内部写真その2 こんなファンキーな家があったりします。きっと自分で建てたんでしょう。


      内部写真その3 いい感じの家。これも自築と思われ。

      英語などしかありませんが、クリスタニアについてのウィキペディア
      http://en.wikipedia.org/wiki/Freetown_Christiania
    • Tsubi
      Tsubi
      Black
      登録日: 18.01.2007 ポスト: 592
      Yoheiさん、
      通訳ありがとう!
      けど読むほうはぜんぜん問題ないので次は返答訳す手間省いてください! =)

    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      >Tsubi

      了解!! :D
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      さてお話は続きます。自分でもマンガみたいな人生だな~って思っていましたが、改めて振り返ると
      本当にマンガのようです(w

      この次にヨーロッパに行った際は1人で行きました。前回のデンマークでもDJはしましたが、この際は自分でDJする予定もあり、さらに友人がモロッコのフェスティバルでDJするって言うので、モロッコって面白そうだなと、これまたすごく単純な思い付きで旅を始めました。旅の始まりはいつも思い付きです。

      航空券がすごく高かったのを覚えています。HISの人にどうにか安いのないですか?とか安くならないですか?って聞いたら最後に「モロッコはヨーロッパじゃないですからね~」って言われて絶句。確かにそのとおり。

      コースは成田~アムステルダム~パリ~カサブランカをKLMとAIr Flanceで。早速成田で出発が2時間ほど遅れ、おかげで全てがズレズレになり、最終的にカサブランカに着いたのは自宅を出て26時間後。日本の朝に家でて、モロッコの夜中12時にホテルに着きました。ここで友人と待ち合わせをしていたのですが、なんとホテルに着くなりフロントに「お前がスズキか!?お前の友人はもう出ちゃったぞ」と、遅れたことのしわ寄せがこんなところに。ちなみにスズキという名前は世界どこ言ってもすぐ覚えられて便利。

      次のバスはいつなんだ?との質問に明日の朝7時との答え。どうしようもないので5時間ほど寝るだけのためにこのホテルに宿泊する事に。朝起きて、バスターミナルへ急ぎ、これが僕のモロッコ一人旅の始まり。ガイドブックにはこのバスは7時間で着くって書いてあったのですが、最終的に終点に着くまで11時間かかりました。この間、言葉は全てアラビック、周りは全部モロッコ人、アジア人1人だけ、わかるインフォメーションは全くなしで11時間を過ごすことに(笑

      何かバスが止まるたび、何で止まっているのかが分からない為、バスから離れられず、トイレもご飯もバスに引っ付いて、止まったらすぐに用事を済まし、すぐ戻るってのを繰り返していました。こんな良くわからないところで置いてきぼりにされてしまったらと考えると、さすがに対処の方法が思いつきませんでした。
      当然自分は7時間で付くと思っていたので、前半は「おお~大西洋じゃ!」とか 「やっぱ砂漠だな」とか思っていましたが、7時間が過ぎるにつれ「いつ着くのかな」とか「ずっと荒野でもういやだ」とか、色々不安になってきたのを覚えています。しかし、この辺はまだこの旅の序章でした…

      11時間もの長旅を終え、バスの終点はアガディールという町でしたが、フェスティバル会場はまだ先。
      しかしここでモロッコの洗礼を浴びる事になります。モロッコはこのとき物価が日本の大体10分の1くらいでしたが、町のタクシー乗り場みたいなところに行くと、ワラワラ色んなヤツが寄ってきて「ミスター!タクシーどこか行くのか?」とか「ミスター!ガイドはどうだ!」とか。まあ普通にうざいんですけど、用事があるとき(たとえばタクシーに乗るとき)も全てこれで、全ての値段は基本交渉しなければならないので、一人だとかなり不利。高い!って言っても、周りの仲間に「あそこまではこれくらいだよ、なぁ、みんな?」って言われてしまって太刀打ちが難しい。大体相場も良くわかってないから余計難しく、色々丸め込まれてたのを覚えています。とにかく、ここで先に乗り込んでいる仲間と連絡をつけ、先に行かねばフェスティバルはこの日に始まるのです。とにかく近くに行こうとタクシーに乗って次の町まで行きました。モロッコのタクシーは安いのですが、どう方向に行く人を次々と乗せるので時にはすごい事に。車は70年代のメルセデスベンツ500SECとかですが、これに普通に6人とか7人とか乗せます。前3人後ろ4人です。

      次に着いた町は、名前は忘れたけどガラの悪そうな町でした。って事には後で気がつくのですがまずここで一泊。この日がモロッコ二泊目でした。夜にうろうろ様子見で歩いていたのですが、何を考えていたのか、オレンジのTシャツを着ていたので見られる見られる。声かけられてうざいのはどこも一緒ですが、目立ってたのかすごくじろじろ見られました。これが後に失敗だと気がつくのは次の日の事。

      次の日に、朝おきて町を散策すると、なぜか皆僕のことを知っている。どこに泊まっている日本人だろ?タクシーいるか?といった具合。なぜか?狭い町で昨晩派手なTシャツきてアテンション配ってたせいで、一夜にして「あそこのホテルに日本人が泊まってる」という情報が流れたらしい(w
      しかも、後で思うとこの町は工業地帯かなんかの近くで、ガラが悪かった。あっちからこっちから声をかけられ、めんどくささとうざさが百倍に。ここで既に現地入りしている友人の一人とやっと連絡が取れ(彼女は携帯を持っていた)、いわく「フェスティバルはまだ始まっていない」ので、彼女は「今フェス会場にいるが移動しようと思っている」との事。なんだそりゃと思ったが、サウンドシステムが到着してないので「2日」押してるとの事。押してるって、普通2日とか単位で使わないんですけど。

      一度合流しようと思ってフェスティバル会場に行き、アホな事に現金をほとんど持っていない事に気がつき、またそこからタクシーで戻る。彼女たちはこの先の街にいるらしいという情報を得たけど、音が悪くてよく聞こえなかった。もちろん、町の名前も(今じゃ覚えちゃいない)わからないので、良く分からないけどそこに行ってみようとタクシーを待った。タクシーは次々と人を乗せ、なぜかここで僕はアラブ人のおっさんと助手席に仲良く2人ですし詰め、後ろは4人フルアラブ。この状況に疲れてしまってついに僕は寝てしまった。気がつくと知らない町の真ん中で「おい、着いたぞ」と。どこじゃ?って思ったけど一応目的地。次は街中用のプチタクシーにのり、「オテル ド フランス」に行けと命ずる。 そこの仲間がいるはずなんだが、なぜか連れて行かれたのは「オテル ド パリ」。

      ここで我慢の限界が来て、運転手に「こら!誰がパリに行けっつった!フランスじゃフランス!」と怒鳴り散らす。運転手は運転手で「そんなの知らない!」とか言い始める始末。金払わんぞこら!と詰めていたら、なんだか見た事あるような一団が前に。

      そう、彼は正しく、間違っていたのは仲間から得た僕の情報で、ホテルはホテルドフランスなのでした。今となってはどっちがどっちか全然分かりませんが(w

      ようやくここで、3日ほどかけて地の果てまで、たったの2時間からものすごく開いた遅れを取り戻しました。
      仲間と合流が出来、家からここまで追いかけてきた遅れを取り戻し、なんだか旅はようやくスタートしたような気にになりました。ここまで所要時間まだ3日。フェスティバルが1週間近くあるとしても、モロッコ編はまだ一週間近くあります。帰りのチケットの出発日はまだ一ヶ月ほど先。

      続く。。。


      そのときの地図。
    • okawari
      okawari
      ブロンズ
      登録日: 19.11.2009 ポスト: 16
      海外に住むっていいですね!
      いつかポーカーしながら旅とかしてみたいです :)

      クリスタニアのことは初めて知りました。
      そんな場所があるんですね・・・すごい興味深いです。

      この連載楽しみにしてるんで、ぜひ続けてください!
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      >Okawariさん
      返信ありがとう!

      海外に住むのって良い部分もあるけど、やっぱり大変な部分が多いですよ…
      特に日本って、世界の中でも便利だし特殊な国なので、何かとギャップが多くて大変です。
      もちろん、ビザの事やら労働許可の事やら大変です。
      僕はジブラルタルで働いていたためか、PSに移る際にちょっと面倒でした(汗
      色々恵まれた状況の癖に文句を言っているヨーロピアンを見るとぶっ飛ばしたくなります X(

      ま、それは冗談ですがクリスタニアみたいな変な場所はまだまだありますよ。僕は変な場所マニアなので(w

      連載(笑)がんばりますので、読んでくださいね~
      お名前のとおり、おかわりします!
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      大陸の正反対側でようやく、友人たちと再会した僕は、そのままフェスティバルに向かいました。

      とりあえずホテルは(安いので)このTifnitsという街に確保し、ここでさらに車をゲット、毎日50キロ向こうにある会場まで車で通勤というコースを選びました。というのは…

      会場に行ってみたが、ファシリティが全くなってない

      からでした。結構大々的に宣伝してアーティストもかなり呼んでたフェスティバルのクセして、しかもエントランスもかなり取ってたクセして、何にもない…しスピーカーをポルトガルから運んだようで、それが遅れてスタート2日押しっていう、あまり聞いた事のないような状態。実はどさくさにまぎれてスタッフヅラしてお金払わないで入ったんですが、まあ、それでよかったって思うような感じ。友人のスウェーデン人出演者に聞くと、アーティストも半分くらい来ていなかったようで、どうも来ているのは前金をもらった人たちだけ。僕の友人は出演者なので、何かあるのかと思いきや、ノマドテントがアーティスト宿泊用との事。



      これに機材を持って一週間泊まれと?

      当然そんなのは無理なので、ハッキリ断って別にホテル取るから、と通告したのでした。
      砂漠ツアーしに来たんじゃないし…

      まあ、そんなこったろうと半ば予想はしていたんですが、スピーカーは良かったんで音は良かった。でも連日バッキバキのトランスばかりで、僕らとしては興味ないので、別に50キロ向こうにいるくらいでちょうど良いのでした。

      50キロといっても、道は地平線が見えるほどまっすぐなので、そんなに時間はかかりません。30分くらい?何キロで走行したかは秘密です。

      このとき、Tifnitsのメディナ(旧市街)のアクセサリー屋に行きましたが、ここでモロッカンお買い物スタイルの極意を垣間見ます。

      値段を聞くと、
      「お前の欲しい物をここに全部出すんだ、値段の話はそれからだ」

      との事。つまり、値段は買った量と交渉で決まると。
      適当に当時の彼女に何かお土産でもとアクセサリーを選び、交渉開始。
      いくらをどうしたかはもう忘れましたが、かなり値切ったけど気がつけば僕現金がない。

      「すまん、せっかくだけど手持ちがないから、後で来るよ。」

      と伝えたが、彼ら的には一回出した値段を引っ込めるのは万死にも値する行為。
      最初はこれがモロッカンスタイルだ!とか言ってカッコつけてたくせに、急に焦りだす。

      「まて!そ、それは無理だ」

      「いや、後で来るって」

      て言ったけど聞かない。しまいにはユーロでも何でもいいと抜かすしまつ。
      財布の中見せて、現金がないことを見せた際に、自分の期限が切れたクレジットカードを発見し、「かーど!マスターカードオーケー!」と叫ぶ。期限切れてるから、使えないよって言ったけど、貸してみろ!とのこと。使えないって言っているのに、渡す羽目に。

      結果。


      なぜか認証通ってお買い物終了。


      ぽかーんとしている僕たちを尻目に、せっせと嬉々として梱包をする店員。

      ちなみに、そのときの請求が僕のところに来た覚えは全くありません。 どこに行ったんだろうあの請求。

      そんな話や、ホテルの一回にあるカフェでぼけ~っとしていると、五分おきに色んなやつがやってきて、

      「ミスター!サングラスは要らないか?」
      「ミスター!アクセサリーは要らないか?」
      「ミスター!ベルトは(以下略)」

      とか、

      「يؤمن المسلمون بأن القرآن كتاب سماوي وبأنه كلام الله. والقرآن هو أول مصدر من مصادر الشريعة الإسلامية، وقد نزل على رسول الله محمد وحياً من الله عن طريق المَلاك جبريل. ويسمى الكتاب الذي جمع فيه القرآن 」

      と、コーランの一説をありがたく説いた後、

      「金くれ」

      と来るヤツとか、とにかく飽きずに楽しめる劇場のようでした。しかも無料。

      このころには僕たちもコツを得ていて、金をやるのは何かしたヤツにだけ という感じに。
      というのも、皆日本円で50円ほどで何でもしてくれるので、おし、お前車洗っとけ!とか、お前、これ売ってる場所はどこだ!とか毎日やっていたら、

      「あそこには働けばお金をくれる日本人の集団がいる」

      と有名になり、色々なヤツが押し寄せてくるのでした。
      話だけ聞くと、なんて嫌なやつらだ…と思うかもしれませんが、モロッコはハッキリ言ってこれくらいやらないと、ウザ過ぎて大変です。そこは割り切らないと。あと、僕のポリシーで、これはモロッコに限った話じゃないですけど、金くれってただ言って来るヤツにはお金はあげません。彼らのためにならないからです。何かしてあげたら、代償にお金はあげます。

      ただあげちゃうと、彼らにも良くないし、ひいては後から来る旅行者にも良くない。

      フェスティバルの方はどうなったかというと、ぽつぽつと興味のあるところを楽しみながら、大変はどうでも良かったので色々遊び歩いてました。なんか、会場にいる人たちの話だと、既にタイムテーブルはめちゃくちゃ、2日押したので、本来はやってないはずの時間も含めて24時間営業、でも来ていないアーティストもいるので、すでに今タイムテーブルのどこだか分からないとの事。

      僕の友人はラストの方だったのですが、かわいそうにポルトガルからのスピーカやさんが結局本来の終了3日後に来て、もう待てないのでDJしながらスピーカーの数が半分になるという普段あまり出来ない体験をしていました。お疲れ。

      ここまでは、モロッコ編おまけ、ここから2000KMを車で走破しヨーロッパジブラルタル海峡へ向けかう、モロッコ本編が始まります…

      ちなみに、ボールドテキストや拡大テキストが多いのは、それだけモロッコが突っ込みどころ満載だからです。
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      フェスティバルも終わり、ようやくモロッコの旅も本編。

      フェスティバルが終わったあと、僕たちは6人組になっていました。

      DJとして来ていたTとRちゃんのカップル、日本のフェスティバルでデコレーターとして活躍するKさん、僕の友人Tちゃん、そしてフェスティバルで拾って友人になったAと僕。

      この6人でとりあえずモロッコ有数の大都市マラケシュを目指しました。タクシーで。

      前述したとおり、モロッコのタクシーには二種類あり、町の外を走るグランタクシーと、街中を走るプチタクシーがあります。


      グランタクシー。

      このタクシーに大体90ドルくらいで交渉し、350キロ先のマラケシュまで7人乗りで向かいました。
      6時間くらいかかるそうなのでオールナイト、後ろ4人の前3人(運転手込み)でギッシリ出発。
      どうでもいい事ですが、もし女性の読者の方がいたら、モロッコは女性にとっては全く別に経験になると伝えておきましょう。普通にいきなり耳元で「アイラブユー」とかささやかれるそうです(w

      というのも、彼らのいるイスラム社会では(そんなに厳しくない方ですが)、いわゆる許婚が子供のころから決まっており、しかも彼らモロッコ人は外国に出るのもそんなにラクではないため(ビザ問題など)、どうにかしてこのヒマな日常を抜け出したいと思っているそうです。その有効な手段としては、外国人と結婚する事。しかもアラブ社会なので、女性はあまり表におらず、その辺の女性と話す事もはばかられるため、適当な対象=外国人となるのです。実際この運転手にTちゃんは愛の告白を受けていたし、Rちゃんも「耳元で愛してるってささやかれた~きもい~」って言ってました。別に危険な事は無いだろうけど、女性にとっては別の体験となるみたいです。

      さて、そんなこんなでマラケシュに到着。マラケシュは大きな広場とナイトマーケットが有名ですが、別に自分としては特に見るものがなかった、て言うのが感想です。ここで「砂漠に行きたい派」と「もうディープモロッコはいやだ派」にわかれ、自分は後者でしたが、ここで別行動を取る事に。

      DJのTとRちゃんは既にこの後の予定が決まっていて、飛行機があるので先を急ぐ。
      TちゃんとKさんは砂漠に行きたいとさらにディープな方面へ急ぐ。(ていうか離婚したてのKさんが狙ってる?)
      僕とAはこれ以上ディープなモロッコはお腹いっぱいなので、スペインに向けて北上を開始。

      この後僕は日本の友人とスペインのイビサ島で待ち合わせをしていたので、あと7-8日ほどでそこまで行かなければいけなかったのでした。

      マラケシュで車を借り、無理やりタンジェで乗り捨てするコースを交渉。車を借りたら次の目的地はモロッコの京都、フェズ!

      フェズまでは荒野をひたすら走り、5-6-時間でついたような気がします。フェズは、どういう場所かって言うと…

      完全に昔のアラブ、キャラバン率いてたどり着いた町にタイムスリップ体験の出来る美しい街です。

      旧市街は完全に迷路のようで、案内が無いと確実に迷います。中には日もあたらないような通路や、モスクなどいろんな物が古い町並みの中にあり、僕らも迷って5歳くらいの小さな子供に「こっちに来いよ!」と案内されナントカ脱出できました。この子供が、別れ際に金をせびってきて、50円くらいいつも通り渡したら、「少ない」と、倍額請求してきたのはモロッコらしいところです。でも100円くらい。





      既に記憶があやふやなので先を急ぎます。(苦笑)

      ここから僕たちはタンジェに着くために、2-3000m級の大山脈「アトラス山脈」を超えます。
      最初は軽い気持ちで行きましたが、途中田舎の村に止まったりしながら、山に入ると、そこはもう、マンガの世界でした。マンガでがけっぷちを柵の無い道を行くような描写あるじゃ無いですか?あそこまでじゃないけど、似たような世界でした。くねくねくねくね曲がった道を、ず~と走りましたがガードレールが無い。でもって向こう側はガケ。

      でも山はとても綺麗でした。なかなか見られるものじゃないと思います。ず~っと山が続いて折り重なる向こうに蛇のように行く線も折り連なる道が続く…日本では絶対に見られない景色です。

      フェズ、アトラス山脈。あと、別働隊によると砂漠も良かったそうで、この三つはモロッコで見るべき場所です。

      山をなんとか超え、モロッコの一番北、港町でヨーロッパへの出口であるタンジェに着きました。ここで車を返し、さあ!向こう側はいよいよヨーロッパ!
      フェリーのチケットを買い、イミグレを抜けようとすると…並んでいるのですが、なにやらオフィシャルなプレートをぶら下げたやつが話しかけている。自分たちのところにも来て、いわく

      「俺があの国境審査官に言って並ばないようで出られるようにしてやる」

      と。信用できない度100ですが、一応写真つきのカードをぶら下げているのでオフィシャルか?と思いつつうまくいったら金払ってやるとというと、色々交渉してるっぽいけどうまくいかない(行くわけない)。
      けっきょく、最後は国境警察にどなられ退場してましたが、この国は最後まで油断なりません。HISの人のセリフ「モロッコはヨーロッパじゃないですからね~」にいまさら納得。

      余談ですが…後でフランスで再会して知ったんですが、別働隊のTちゃんとKさんは、ここに後から来て、出国しようとしたところ、

      「あなたは飛行機で入国したのだから、飛行機でしか出国できない」

      と無理難題を吹っかけられ、結局あきらめて飛行機のチケットを買いなおして出国したそう。ちなみにTちゃんは違ったので、ここでちょっと別行動で出国したそうです。
      ていうか、僕もなんですけど、僕は言われてませんでした…この手の国は、官憲のいう事の全てが適当で、万事こんな感じなので、ちゃんと言い返す裏づけを持っていないとこういう目にあうことがあります。

      という事で、次回からようやく2度目のヨーロッパです!

      クリスタニア編などに比べて、文章にあまり洞察が無いのは、やはりそういう国ではないから。。。ではないでしょうかw

      モロッコはいい国だと思います。観光するのには。
      ただし、色々面倒だったりうざい事が多いので、それなりの経験や交渉能力が必要になってきますが、こういった「旅」な国の中では初級だと思います。インドやアフリカのほかの国の方がもっと大変だと思う。

      でも、有名な観光の目的地でもあるし、エキゾチックな体験を手軽にするにはとてもよい場所です。
      物価は安いし、あとはたかられるのさえなければ最高なんですが。 ただ、この間モロッコに行った際も言っていましたが、彼らはそこまで悪い事する度胸は無いようで、せいぜいボラれたり、ちょっとだまされるくらいなので、(額もたかがしれている)ので、治安は悪いとはいえないでしょう。
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      さて、なんだか最後まで色々あったモロッコを後にして、僕たちはヨーロッパ大陸の玄関口、
      アルヘシラスにたどり着きました。このときのフェリーから絶対にジブラルタルが見えたと思うのですが、
      全く覚えていません(w



      アルへシラスにたどり着き、税関を超えて押されたスタンプはEU、ただし通常の飛行機マークではなく
      船のマーク。僕はチェコにシェンゲン加盟前に行った事があるので、これで全種制覇?
      いやどうも後電車のがあるみたい。

      スタンプも押され、スペインに行ってまず感じた事は

      「ぶ、文明だ!」

      「お、女がいる!」

      でした。モロッコは下手するとアラビアンナイトみたいな世界なので、こんな事思ったのと、

      町に女性があまりで歩いていない(おそらく特定の場所にいると思われ)、
      またカフェなどで人と接触する仕事はほとんど男性なので、このときまで気がつきませんでしたが
      町に女性が歩いているのにちょっとびっくりしました。決して変な事考えていたわけではないですよ。 :tongue:

      アルヘシラスで一泊した後、バスでマラガに向かいました。イビサに行く飛行機に乗るためです。
      Aも予定の無い旅をしていたが、ここまで付いてきてついでにイビサへ行く事に。
      当時は全く考えませんでしたが、この時に今住んでいる家のすぐ近く、San roqueの横の
      高速道路を通り過ぎ、ジブラルタルが見えていたはずなんですが、まさか数年後に自分がここいら辺に
      住み、ましてや働くなんてそれこそ夢にも思いませんでした。運命って本当に分からない。

      当時の自分たちはマラガがピカソの生まれた街だと言う事も知らず、アルヘシラスで再会したフェスにいた
      オーストラリア人と、「そういう事らしいぞ」と話してたり。とりあえず飛行機は明日なので一泊してバル
      にいくだけ。本当にまさか、数年後に自分がこのエリアに戻ってくる事になるとも知らずに、、、

      次の日、飛行機は便の関係でマラガ〜マドリッド〜イビザというちょっと遠回りコース。
      当時は格安航空会社も登場したばっかりで、Vueling という飛行機会社に乗りまずはマドリッドに到着。

      マドリッドの空港から、イビザ便へ向けてチェックインする時に異変が起こる。
      なんでか、チケットが無いのだ。

      どこ探しても無い。預けた荷物に入れたか?でもそれは物理的に無理だと言われる。
      どうにか飛行機に乗ろうと、荷物はもう預けてて既に手元にない、だからのせてと言うが無理。
      しかもなんでか自分のだけならまだしも、Aのチケットも同時になくすと言うアホっぷり。
      結局、予定していた飛行機は行ってしまい、もう一度チケットを買うはめに。

      今でも分からない、結局チケットは荷物にも入っておらず、乗り継ぎの間の一時間で
      チケットをなくすと言う離れ業のせいで、約200ユーロくらい損したのでした。(涙)

      つづく。
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      しばらく休暇でクロアチアとイスタンブールに行っていた為、ご無沙汰になっておりました。

      クロアチアもトルコも現在EUではないのですが、そのどちらもEUになるべきだとの確信を得た旅でした。
      僕たち日本人にとって、東ヨーロッパは西ヨーロッパより「近くて遠い国」なのですが、
      トルコはさておいてもクロアチアなどの東欧は知らない事が多すぎです。つい最近まで、「鉄のカーテン」の
      向こう側だったのですから無理もありません。ましてや、旧ユーゴスラビア諸国はつい10年ほど前まで紛争状態
      だったので、なおさらイメージが違っていてもおかしくありません。

      トルコはトルコで、イスタンブールは歴史を紐解いてみると、長らく東ローマ帝国の
      首都コンスタンチノープルとして、その後は東ヨーロッパの強国オスマントルコ帝国の首都として
      つい最近まで繁栄を極めていた町です。その歴史をベースに考えると東京の方がよっぽど田舎です。

      僕たち現代の日本人にとって、「ヨーロッパ」と言うとまず浮かぶのはフランスドイツイギリスなどですが、
      あくまでそれは戦後の戦勝国(ドイツは違うけど)による西側イメージであり、東にも同じだけ、
      もしくはもっとたくさんの国がヨーロッパには広がっています。東ベルリンに住んでいた僕はなんとなく
      その事に気が付いていましたが、今回はそれを再確認すると共に、ヨーロッパを裏側からのぞく旅となりました。

      それにしてもクロアチアはすばらしかった!友人とヨットを借りてセーリングしたのですが、
      田舎の島に行っても港などがきっちり整備されていて不便を感じる事はありませんでした。
      政府の観光局がきっちり投資して観光客を増やそうとしているのがはっきりわかり、
      そしてその方向が間違っていませんでした。あと10年もしたら変わってしまうかもしれません。
      今はまだ素朴ですが、アクセスや田舎度が難しくなく、ちょうど良いときだと感じました。

      比べてしまったのが現在の居住場所スペインアンダルシア。
      何でここはEUなんだろう…

      すべてにおいてクロアチアのほうがEUらしさに勝っている気がしちゃったりして…(汗
      トルコもクロアチアもEU加盟希望を出している国ですが、そのどちらもEUになるべきであると
      思いました。逆にアンダルシアをEUから脱退させた方がいいかも…ま、それは冗談ですが…

      アンダルシアもいいところなんですけどね。
      いまいち西ヨーロッパの人たちはいかに自分たちが恵まれているかを分かってない気がします。
      僕たちはEU市民じゃないですから余計にそうおもいます。

      最後にクロアチアの美しい風景の写真をいくつかご紹介。


      僕たちの通称「豚の基地」。そう、紅の豚のアジトのモデルになった(と思われる)ばしょです。


      ひなびた小さな島の村ですが不便は感じません。


      いたるところにこういう小さな小道が見つかります。


      この海の透明度!水深2-30メートルくらいまで見えます。


      「豚の基地」よりもう一枚。ここには小さな小屋があってオヤジがコーヒーを売っています。


      これを美しいと言わずしてなんと言うのでしょう!


      最後に行ったスプリトの町。一言で言えば古代違法建築の塊、古代版九龍城です。四角い宮殿の中にこれでもかと増築しまくって出来た町です。
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      続きます。飛行機のチケットを買いなおし、イビサにたどり着きました。

      イビサってどんなところですか?って聞かれて即答するのは難しいところで、今まで5回くらい行きましたが
      その旅すばらしい思い出を作っています。日本からは少し遠いですが、是非一度は行くべき場所だと
      思っています。何がすごいって、一言ではなかなか言い表せないし、今年はイビサに行かなかったので
      何がすばらしいのか説明するのが難しいのですが、一言で言うなら「空気感」でしょうか。

      今イビサにいる友人のツイートにも「イビサにいるとなんで笑顔なんだろう」と言うような、僕の場合は
      この初めてのときに感じた、何をしていても楽しい、特に友人といたりして、別に何をするでもなく
      若い青春時代のような、何もしなくても楽しかったあのころに戻れる空気感があります。
      ここは僕の行った場所の中でも5本の指に入るくらい好きな場所です。

      まずイビサとは

      *世界最大のクラブトップ10のうち上位5個がある、ヨーロッパ最大のクラブ島で
      *世界遺産の街があるとてもヒストリカルな場所で
      *ヨーロッパのファミリー向けの夏の目的地で
      *ヒッピーの聖地であり、ヒッピーがたくさんいる

      という、4つそれぞれ相反する要素が同時に融合している場所です。
      僕はこれがあの独特の雰囲気を作り出していると思っています。

      古い例えですがヨーロッパ版新島がもっとすごくなったような…

      歴史をさかのぼると紀元前まで戻り、地中海の要所にあったため昔から奪い奪われの歴史を繰り返しています。なので色々な文化が融合し、島の中心イビサタウンには古い要塞の跡が残り、それが旧市街を形成しており、世界遺産にもなっています。島が再度注目を浴びるのは70年代から80年代にかけてで、そのころはヒッピーたちの聖地として知られていました。島の人たちとヒッピーたちの享楽的なパーティーにUKのプロモーターたちが目をつけ、パーティーアイランドとして売り出したのが80年代終わりころ。そのころはかなりデカダンな雰囲気漂う退廃的なパーティーアイランドだったそうです。

      セカンドサマーオブラブという、90年代のヨーロッパを席巻した1大ムーブメントにのり、イビサは夏の若者の目的地としてどんどん有名になります。世界中の有名DJが毎日プレイし、それを目指してヨーロッパ中から若者が集います。ヨーロッパ各地の大都市から直行便が運行されるようになり、いまや夏の間はそこそこ名の知れた都市なら必ずイビサ便が飛んでいるほどです。巨大クラブが次々と建造され、今ではヨーロッパのクラブシーンの流行には欠かせない場所となりました。

      反面、そういったものを通常は嫌うヒッピーたちも70年代から続くコミュニティがあり、今だにものすごいたくさんのヒッピーがいます。スピリチュアリティの高い場所も数多くあり、そういった要素が「聖地」としての側面を強めています。また、イビサに限らずバレアレス諸島は夏のバカンス目的地ですが、イビサも多分にもれずそういった側面も出してきます。イビサタウンと二番目の街サンアントニ、そしてクラブの周辺は若者の聖地的なイメージですが、離れれば家族連れのリゾートがあります。しかし、それでもまだ美しい自然が残っているのもこの島の特徴で、過去の歴史からの融合性が今でもそういうサイドを残しているのかもしれません。

      また、島の北部にある「ベニラスビーチ」では、毎晩サンセットにたくさんのヒッピーが集まり、露店を出したり
      ドラミングをして集まっています。少し商業的になってしまっていますが毎日さまざまなところで開催されるヒッピーマーケットでも世界中のいろいろなものや、アーティストの作ったアクセサリーや工芸品を買うことが出来、何度行っても面白いばしょです。

      さらに、ヨーロッパでは有名な金持ちプレイスと言うところもあり、巨大な豪邸や、巨大なクルーザーで訪れている人もいますし、淡路島ほどの小さな島にさまざまな側面が融合し、今でもさまざまな人々を集めているのがイビサの魅力です。

      この魅力は、ヨーロッパ人でも知らない人がいたりして、と言うのは「夏の若者のバカ騒ぎクラブ島」 というのが一人歩きして、そういうイメージを持った人が多い事があります。僕もそうでしたが、それはあくまで一側面に過ぎず、それだけではないと言った後に分かりました。

      しかし、クラブはイビサの最大の魅力のひとつでもあり、こんなにでかくてアホみたいに騒げる場所は他にはなかなか無いので、普段クラブなどに行かない人も是非足を運んでみる事をお勧めします。巨大なクラブに上から泡が降って泡だらけになるパーティーがあったり、一万人収容できる世界最大のクラブがあったり、プールの上にDJブースがあったり、トイレにもDJがいたり、5個フロアがあるクラブがあったり、とにかく日本では考えられない事だらけです。

      音も強烈に音質がよく、また強烈にでかい音を出しています。Amnesiaは僕の中でもベストサウンドクオリティーのクラブのひとつです。ただし問題はエントランスとドリンクが異様に高い事。エントランスは最近は不景気で安めなものの、それでも有名なパーティーは50ユーロくらいから。高いと70とか80とかもあります。ドリンクは300ml位のちっさい水が8ユーロ、ビール10ユーロのロングドリンク13ユーロとかします。世界で一番高い水とか揶揄されています。

      さすがに高いので、トイレで水汲んでいるやつがいたり、結構リッチな地元の僕の友達たちですらみんなで水を分け合って飲んでいました。後は皆家などで飲んで出来上がってからクラブに来ます。なので酔払い運転が多い…ですがスペインはどう考えても車で来るのが前提の山の中のレストランなんかが多いので、問題にされているのかされていないのか…聞いた話ですがイビサはスペインの中でもかなり事故が多いそうです。気をつけましょう。

      次回までの予習参考サイトとして僕の友人のサイトをリンクします。
      http://eivissa.s3.xrea.com/

      つづく。
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      イビサには、1つ不思議な場所があります。

      Es Vedraという巨大な岩が島の南東の海に浮かんでいます。

      この岩のてっぺんにはヤギがすんでいるという伝説があったり、磁力を帯びていると
      言う話があったり、見ていると遠近感が狂う、不思議な島です。

      本当は二つの岩なのですが、海から見ないと二つに見えず、陸から見るとどこから見ても繋がっているように
      見えます。 この岩を見るには車がないとかなり難しいのですが、イビサを訪れたら絶対に訪れるべき場所です。

      ここがよく見えるビーチとして、Cala D'Hort というビーチがあり、ここからの眺めは最高。Es Vedraをバックに夕日が見える、絶景中の絶景ビーチです。



      どうです?ここなら意中の彼女もいちころですよ?
      二つに見えないってちょっとウソでしたね(汗 ここから見ると二つに見えてます。

      もう1つ、地元の人しか知らない、車でアクセスも出来ない、秘中の秘ともいえる極秘ビーチを紹介します。
      その名もAtlantis

      このビーチにアクセスするには車でまず、大体の目星をつけてガケの上に行かなければ行けません。
      そこから大体の方向で見当をつけてガケの下に向かって30分ほど徒歩でガケを降りないとたどり着きません。道の正解は1つとは限らず、間違えるとまた上る羽目に。。。(涙

      しかし、その苦労の果てにたどり着ける景色は絶景です!



      おおっと!



      な、何だこの平衡感覚が狂う景色は!!!

      ヒッピー達が残したサンドアートがたくさん残っていて、いったいここはどこなんだろうという感覚にとらわれます。

      イビサの秘密のビーチ「アトランティス」、是非言って欲しい場所ですがはっきり言ってなかなか簡単にはいけない場所です。どうしても行きたかったら僕に聞いてくれれば行き方のコツは教える事が出来ます。


      と、いう事でまた次回!
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      Ibizaには楽しいところは一杯あります。ありえないくらいでかいクラブとか、とっても綺麗なビーチとか、
      とっても美味しいレストラン、迷路みたいな旧市街に、等々…

      いるだけで顔がにやけてしまう、そんな素晴らしいところですがこの年、僕(ていうかの友人)は
      とても大きなミスをやらかしました。

      それは…飛行機の乗り遅れ!

      イビサ空港は、夏の間24時間発着があります。ヨーロッパ中のそれこそ良く名前の知られているような都市
      ならどこでも、どこからでも24時間飛んでいます。

      なので、飛行機の時間が夜中の1時、ということもありえます。
      この時、モロッコから旅を共にしたA君、そしてここで出会ったYちゃんもそんな飛行機でした。

      たしか、日付が9/11とかで、時間が1:00って書いてあったと思うのですが、すっかり生活がクラブ時間になっている僕たちは、
      この日の>1時>つまりクラブ時間で11日の夜!と完全に思い込んでいました。
      実際は飛行機チケットに書いてある時間でいうと、11日の1時=11日の早朝または10日の夜中って事なんですが、
      しっかりみんなで11日の夜中に送ってあげちゃいました。当然飛行機は24時間前に行ってしまい、
      そんなもの乗れるわけがないのですが…

      しっかり皆でハマり、「ばいばーい!楽しかったね~また日本でね~!」って笑顔いっぱいで帰っていったのに、みんなの泊まっている
      フラットへ再度行く羽目に…こんなに悲しいことはありません。まるっきりバカです(笑
      A君はこれにより完全に資金がショートし、日本からの送金を待つ状態に(笑
      エクストラの三日間をヤケで楽しんでいました。

      あんまり夜中に出発する飛行機に乗ることってないですが、24時間寝ないパーティー・アイランドイビサ
      ではあり得ることなので、行くつもりの方々はご注意ください。

      ちなみに僕はこの後、フランスに飛び、フランスでのフェスティバルのDJをして、パリにて
      少し遊んでから日本への帰路につきました。パリっていってもですね、郊外の友人の家だったので
      この時はあまり印象がありませんでした。パリで強い印象があるのはこの数年後。

      2005年の夏の思い出でした。
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      次にヨーロッパに来たのは2006年の夏、今の僕の奥さんと来ました。
      彼女とは2006年の冬にオーストラリアで出会い、オーストラリアはDJをやるので
      行きました。

      この年、僕はもう東京にも日本にも疲れてしまい、彼女と最後に3ヶ月旅をしたら、
      これまでの放蕩の日々に区切りをつけ、真面目に働こうと思ってました。
      別に働いていなかったわけではないですが、DJだったり、フェスティバル業界ってのは
      言ってしまえばヤクザな商売で、芸能界と似たようなとこですね。保証もないし。

      それに区切りをつけ、最後に3ヶ月旅をしてすっきりしようとしたわけです。
      なんで3ヶ月かっていうと、それは日本人がEUに観光ビザでいられる最高期間だから。

      この時はまずアムステルダムよりヨーロッパに入り、いろいろ回ろうと思いました。
      アムステルダムはいつでもヨーロッパの玄関口、様々な旅人の集まる港街です。
      ついて次の週末にはひとつDancevallyって言うフェスティバルに行きましたが
      いまいちでした。その帰りに、近いので車でそのままベルギー方面に向かい、
      アントワープ、ブリュッセルと周りました。ヨーロッパの一つとてもいいところは、
      近い場所に沢山の国があるので、すぐ移動がしやすいこと。これは今でも変わりません。
      週末だけで違う国や違う街に行くのは簡単です。ようやく最近日本でも始まり始めた
      格安航空も、この時既にヨーロッパでは当たり前。
      いろいろ回って序盤は良かったのですが、アムステルダムに帰り、車を返してまたホテル住まい。
      アムステルダムは観光客の多い街なので、とにかく物価が高い。
      ホテルも微妙な部屋のくせに高く、狭い。レストランも微妙な味のくせに高く、まずい。

      そうこうしていくうちに、別にお金が無いわけではなかったですが、なんだか街にいるだけで
      どんどんお金が減っていく錯覚にとらわれ、これはまずいととりあえずホテルを引き払い。
      暖かいのでボケーッと公園で過ごしながら、まあ今日は野宿でもいいかな、なーんて思ってたら、
      そこら辺にいたやつらが
      「何だお前等~寝るとこないのか~?」
      と家に誘ってくれ寝床を提供。なんで一発で見ぬかれたんだろう。
      彼らはポーランド人で、出稼ぎにここに来ている人のことでした。
      ベタにウォッカなどをご馳走になり、これからドイツとか行こうと思ってるんだよね~というと、
      「なんでドイツなんか行くんだ?フランスとかイタリアとか、イイトコ一杯あるじゃないか~」
      とまあ、歴史的なこともありあんまりドイツは好きじゃない様子。

      僕たちは音楽系の知り合いや、クラブなども行きたかったので、自分も何気にいったことのなかった
      ドイツに行きたかったのです。でもこの時僕が行きたかったのはケルンやフランクフルトなど、西ドイツ。
      なぜならそのへんの知り合いが多かったからです。
      でも二人の計画で、もうちょっとドイツはあとかな~ 8月に入ってから?って感じでした。(この時7月の半ば)

      次の日、とりあえず泊めてもらった家を出て、中央駅に向かう。なんにも計画はなかったけど。
      とりあえず、これ以上アムスにはいられない。高すぎるから。うーん、どうしようと思っているところ、
      電車の時刻表を適当に見ておいたところ。ふと発見した。

      ベルリン行きの電車が後15分で発車することを。

      どうする?どうする?乗っちゃう?みたいなノリで、とりあえず僕たちは電車に乗った。
      乗ったら、当たり前だが電車は出た。6 時間後にはベルリンである。

      そう、何もベルリンに対してイメージのなかった僕は、たった5分でベルリンに行くことを決め、
      それが僕の始めてのドイツとなり、さらにはここから僕は4年間その街で過ごしたのだが、
      始まりはこんなものだった。

      続く。
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      さて、電車に揺られること6時間。って書くと簡単ですが、この時はそんなに簡単ではありませんでした。
      というのも、この年のヨーロッパは猛暑だった上に、このベルリン行きの電車のエアコンは壊れていました。

      クソ暑い中、6時間ビールばっかり飲んで耐えていたのを覚えています。ビールは早速我らがドイチェ・ビア。

      [img]http://t0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcR2TQfrH-cgiwpaUWx2UB4lnezoVmV78a9v_5Q3BgnWH8HLUg0&t=1&usg=__4M4kOaduCUkV3ejj_B3TZcaZ4I8=[/img]
      これです、これ。ヴァイツェンっていう種類のビールで、日本で言う白ビール。酵母が入っていて、
      にごっています。原料は大麦でなくて小麦の方が多いので、甘いフルーティ-な味がします。
      ハマるとかなりうまいのですが、飲み過ぎるとお腹いっぱいになる上カロリー高いので
      ビール腹一直線! ビール初心者がはまりやすい罠です<ハマった人談

      このビールは夏の暑い時に飲むとかなり気持ちいいのですが、この時は6時間で5本くらい。
      ほとんど1時間1本の勢いで飲んでたので、ベルリンに着く頃にはかなり酔っ払ってました。

      ベルリンに着いたのは確か夜11時過ぎ、ベルリンはオストバーンホフという駅につきました。この駅の名前の意味はまんまで、オスト(東)バーンホフ(駅)です。
      なんとなーく事前情報で、ここは旧東ベルリンの中央駅で、きっと何もなく(外はガラーンと真っ暗だった)、こんなトコで重い荷物引っ張っても大変なだけだし、
      パンクスに絡まれてもな~(笑)って思ったので、とりあえずこの日は駅ナカのホテルに泊まりました。

      次の日、さっそくベルリンに住んでいる彼女の友人に電話しました。彼には、ベルリンに行くことになったら泊めてね、でも行くのはもっと後だと思うと
      伝えてあったのですが。いきなり

      「あ、今ベルリンなんだけど?」

      って電話しました。かなりびっくりしていましたが、彼はいい人で泊めてくれました。彼が住んでいたところは旧東ベルリンの中心部に程近い Rosenthaler Platz。
      今でも覚えていますが、今はだいぶ変わってそこそこ綺麗になりましたが、当時は、と言ってもまだほんの数年前ですがボロっとした印象は否めませんでした。

      彼の家は東ドイツ時代の古い建物で、ちょうどリノベーション中でした。いわゆる電気やガスの暖房がなく、古い石炭の暖房、ドイツ語で言うところの「Ofen Heizung」
      しかありませんでした。 半年もしたら出ていかなければならないのが決まっていて、当時で家賃が300ユーロくらいでしたが、二部屋あってこれはかなり安い。
      しかしリノベーションが終わるともっと高くなるので、だからでなければならないそうです。これは当時や、今のベルリンでもよく行われている手法で、
      家賃の安い、地価の安いエリアにアーティストや若者を安く済ませ、時期が来て地価が上がったらリノベーションをし、家賃を上げて次の人に高く貸す。
      若者やアーティストたちはカルチャーを作って街を"流行らせて"くれるので、地価も上がるのです。

      実際、このエリアは当時はボロっとした印象がまだありましたが、今ではかなり綺麗になりました。ベルリンおしゃれゾーンど真ん中です。当時もそんなカンジでしたが、
      今はもっとです。ベルリンは、そうやってだんだんと進化してきた街で、一言で説明するのはとても難しいですが、とにかく普通の街の理論が当てはまりません。

      さて、僕たちはその友人の家にステイすること一週間、街はちょうどワールドカップが終わった直後、しかも夏真っ盛りということもあり、僕たちは
      あっという間にベルリンが気に入ってしまいました。一週間後には既に家を見つけ、とりあえず一ヶ月は住んでみることに。

      かなり早い展開でしたが、ここいらへんの展開は今思うと完全に運命だったんじゃないかな、って思うくらいスムーズでした。何やってたか、って特に何もやってないのですが、
      クラブ行ったり、フリーマーケット行ったり、天気のいい日に公園に行ったり・・・もちろんDJもしたし、フェスティバルにも行きました。

      この時はほとんどをプレンツラウアーベルグ、まぁベルリンの裏原みたいなエリアで過ごしてました。あそこら辺もだいぶ今は変わったな…と、たかだか3年とか4年で街の見た目や印象が
      変わってるくらい、変化の早い街なのです。とはいえ、100年を超え戦争を生き延びてきたビルも沢山あるし、戦前、戦中、壁があった時代と殆ど見ための変わっていないような
      エリアや建物もあります。何が変化が速いって、東京が間違いなく良くも悪くも変化が早いです。
      一年とかちょっといないだけで、全く知らない巨大建造物ができてたり...
      ベルリンはまだいい意味での変化の速さ。

      この年は結局、お金が無いのとビザもないので、最終的にベルリンにはちょうど今くらい、10月の終わりくらいまでいました。かなり寒くなってたしなぁ。
      しかしこの時には、僕には確固たる目的が出来ていました。それは、来年まで半年強帰って、みっちり仕事してお金を作ってまた再びこの街にもどってこようと。
      日本で3年くらいはおとなしく働こうと思っていた僕が、何故そこまで思ったのか?

      一番は、「まだ自分にはやりきっていないことがここにはまだまだある」と感じたのも一つですが、この街に見せられてしまったのもまた別の理由です。
      そんな僕を翻弄したベルリンの魅力とはなんなのか? 次回からは時間軸を少し離れ、いろんなテーマでベルリンに魅力を語りたいと思います。

      つづく!
    • Yohei
      Yohei
      ブロンズ
      登録日: 05.08.2010 ポスト: 1,457
      気がついたら半月ほどこのスレッドを放置してしまっていました。

      いろいろ忙しくて…(言い訳)

      さて!

      皆さんはベルリンといえば何を思い浮かべますか?

      ベルリンの壁?
      ベルリンの赤い雨?
      共産主義?
      冷戦?
      パンク?
      ネオナチ?

      どれも当たってはいますが、現在のベルリンを言い現しているものではなく、
      古いイメージのものといえます。

      ベルリンを代表するものの一つ、間違いないのは巨大なナイトライフとクラブシーンです。

      ベルリンのナイトライフシーンはあまりにも巨大すぎて、ひとつの重要な産業となっています。他にもそういう場所や都市はありますが、ベルリンのナイトライフがベルリンをベルリンらしくしているのは、
      そのアンダーグラウンド性。

      ベルリンのクラブは巨大になってもチャラさがなく、どこまで行ってもアンダーグラウンド、ハードコアです。
      とはいえ、そんなに気負って行かなくてはいけない場所でもありません。ハードコアゲイやドラッグやっているような人はいますが、別に害はないので問題ありません。
      ハードコアゲイはむしろいいひとが多いです(w

      過去のベルリンを代表するクラブは爆撃されたデパートの金庫室跡を利用した、その名もTresor(金庫の意)でしたが、再開発により閉鎖、移転。現在、ベルリンで最もベルリンらしいクラブはPanorama bar/Berghainです。この場所は、旧東ドイツの変電所跡を改装したクラブで、その無骨な外観と内装は雰囲気抜群。移転することはもう無いと思いますが、僕がここに始めてきた4年くらい前は、周りが再開発の真っ最中で、タクシーで連れてこられて降ろされた場所は瓦礫の山。運転手に「おい!ここ違うだろ!」というも「その奥だ」とのこと。疑いながら行くと、瓦礫の山に囲まれたビルがぽつんと一軒。それがPanorama barでした。


      こんな感じ。

      現在世界で最も有名なクラブになったこの場所は、中での撮影が一切許可されていないことでも有名です。入り口にはかなりコワモテのセキュリティのボスが立っていて、この人に嫌われると本当に入れなくなります。


      ちなみにこんな人。死んでも喧嘩売りたくありません。

      見たければドイツ語ですけどユーチューブのインタビューもあります。実はこの人、
      写真家で、噂ではBerghainの結構えらい人だとか?

      で、この奥でボディチェック、カメラを持っていると没収されます。ですので、内部の写真は殆どありません。

      が、こちらのリンクから見ると、既にかなり時間も立っているので幾つか様子をみることができます。
      http://www.google.co.jp/images?hl=ja&q=berghain&rlz=1B3GGLL_en-GBES391ES391&um=1&ie=UTF-8&source=og&sa=N&tab=wi&biw=1568&bih=794

      ベルリンは、ナイトライフの街だけあって、そこいら中でパーティーをやっていますが、特徴として、クラブの盛り上がる時間が非常に遅いというのもあります。特に、このPanoramabar/Berghain はさらに遅く、だいたいピークタイムは朝の7時頃。土曜日はそのままPanoramabarだけは夜までパーティーをやっているので、朝から他のクラブに行っていた人がどんどん集まります。さらに、夜はものすごい行列なので、ツウは朝から行きます。知り合いにも、日曜日の朝からエクササイズがわりに言っている変わり者がいました(w

      説明し忘れましたが、Panoramabar/Berghainと名前が2つある理由は、それぞれ別のフロアで、入り口は同じですが別のクラブです。Berghainは土曜の夜しかやりません。Panoramabarは金曜土曜の夜+日曜日一日中。

      Panoramabarはハウス系のテクノが鳴っている、ファットでハイファイなサウンドシステムのクラブで、窓の部分にスリットが付いていて、朝に盛り上がるとガーッと開いて、光が見えて皆盛り上がります。

      反面Berghainは、世界最高のサウンドシステムFunktion-oneを備えた、4-5フロアぶちぬきのky大なフロアで、ハードコアゲイの集う場所でもあります。とはいえ、ゲイクラブではないので普通の人でも問題なく遊べますし、ただ、ハードコアゲイの人たちが多いだけです。どんな人達かっていうと、レイザーラモンHGの本物みたいな人がいます。結構みないい人なんですが、盛り上がってる時間に行くと、トイレ付近であまり見たくないものに遭遇するかもしれませんが、まあそれも退廃的なベルリンのクラブならではってことで。フロアで踊っている分には特に何も無いですし。細かいことを気にしているとベルリンでは遊べません。

      どちらも音楽が現在ベルリンでの最先端サウンドをやっていて、殆どの人はそれを目当てに(またはクラブのネームバリュー)で遊びに来ています。たしかに、音もライティングも、そしてフロアの構成も非常にベルリンらしい、ベルリンを代表するクラブなので僕は始めてベルリンに来た人には(夜遊びする人なら)まずここに行くように伝えます。

      Panoramabar にはトイレの仕切板みたいなもので迷路みたいになっているエリアがあって、「なんか悪いことしろっていっているのか?」というような感じですし、一階の皆が入ってこない方には「ダークルーム」と呼ばれるエリアがあり、一回行ったことがありますが、本当に何も見えないくらい真っ暗で、その暗闇の中に何か複数の人間の存在を感じてすぐ出ていきました(笑)

      ほんとにマンガに出てきそうなくらい、アンダーグラウンド感バッチリのクラブですが、自分の意志さえはっきりしていればトラブルに巻き込まれることはないでしょう。別に危ない場所ではないです。